以前、経済学者の大竹文雄先生の新書「競争社会の歩き方」を読み、書評を書きました(記事はこちら⇒ インデックス投資は行動経済学上も理にかなっている!~「競争社会の歩き方」(大竹文雄著)を読了~)。
書評では、行動経済学の「損失回避」という考え方を採り上げ、「人は損をしたくないが故に、市場が暴落してもファンドを売らずにホールドし続けることになるのだ」といったようなことを述べました。
しかし、自分でそう書いておきながら、同時に若干の違和感も持っていました。
なぜなら、一般的には「市場が暴落すると『パニック売り』する人が少なからずいる」とされているからです。株価が暴落・急落したとき、株やファンドをホールドし続けるのではなく、慌てて売ってしまうのです。
例えば、水瀬ケンイチさんの大ヒット本「お金は寝かして増やしなさい」でも、「暴落中は、一刻も早く逃げだしたくてたまらなくなります」と書かれています(おそらく、ご本人のことではなく、多くの読者に向けての言葉だと思われます)。
たぶん、いや間違いなく、こちらの考え方が一般的であり、多数派なのでしょう。
しかし私にとっては、やはり暴落時にはむしろホールドすることの方が自然に思えるのです。
なぜ私はそのような考えに至ったのでしょうか。以下、自分なりに「たぶん、こういうことではなかろうか?」ということを整理しました。
1. 私のリスク許容度が高めだから
まず、改めて「リスク許容度」とは何か。これについては、みずほ証券のウェブサイトに分かりやすい解説がありました。
リスク許容度とは、「どれくらい投資元本がマイナスとなっても生活に影響がないか」「どれくらいまでなら投資元本がマイナスとなっても気持ち的/気分的に耐えられるか」というものです。
「実際の生活への影響」「気持ち・気分の問題」という、2つの観点からリスク許容度の説明がなされており、これは私の感覚ともしっくりきます。
私の場合、あくまで余裕資金の範囲内で資産運用をしています。たとえ大暴落が起こっても直ちに生活に支障は生じることはありません。
また、一時の損失についても、ほとんど気になりません。リーマンショックのときも、SBI証券ウェブサイトにある自分のポートフォリオが青字(SBI証券の場合、マイナスは青字で表示)だらけになっているのをスルーしてやり過ごしました。長い時を経て形成された私の性格がたまたまそうなっているだけで、威張るような話でもないのですが・・・。
これが、生活に多大な支障が出るとか、資産額が気になって夜も眠れないといった場合なら、暴落が起こったときに慌てて売ってしまいたくなるのも仕方ないでしょう。
2. 含み損は「損失」ではないと思っているから
1. で述べた「一時の損は気にならない」ということも関連しますが、暴落によって「損失が発生した」といっても、それは厳密には「損失」ではありません。
その状況で売って初めて損失として確定するのであって、それは単なる「含み損」でしかありません。私はそう理解しています。
パニック売りを起こす人は、含み損を損失だと捉えている可能性があります。さらに、人によっては、含み益を「既に確定した自分の利益」と錯覚している場合もありそうです。
そんな人にとっては、目の前で見る見る株価が下がっていく状況になると、もはや耐え忍ぶことは至難の業でしょう。
もちろん含み損より含み益がある方が気分が良いのは確かです。しかし、「含み損である限り、損失はまだ確定していない」と心得ることは重要だと思います。
3. 世界経済の成長を信じてインデックス投資をしているから
最後は、「自分がやっているのはインデックス投資だから」ということに尽きます。
すなわち、私は「長期的に見れば、リターンはプラスになる!」という信念のもと、インデックス投資をしています。途中で紆余曲折はあるかもしれないけど、最後はたぶん悪いようにはなっていないだろう、と信じているわけです。2. で述べた「含み損を損失だと思わない」のもこの信念が大きく影響しています。
ですので、暴落が起こっても、慌てて売ってしまおう、とはならない。
これが個別株などへの集中投資だと、ある日、株券が紙屑になる可能性もゼロではないため、そうはいきません。
世界に広く分散して投資をしており、資産運用のゴールをずっと先に設定していることが私の気持ちに余裕を生んでいるのだと思います。
結局は単純な話
以上の理由から、自分にとっては「暴落時でもホールドする」という考えの方が座りが良いのです。
というより、こうして改めて考えずとも、別に「自分だけが特別だ!」ということでもないのです。結局のところ、インデックス投資の基本を押さえることができれば、途中で暴落しても暴騰してもひたすら持ち続けることになる、という単純な話なのかもしれません。